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東京地方裁判所 昭和29年(レ)62号 判決

判  決

東京都渋谷区幡ケ谷本町二丁目二二四番地

控訴人(第一審被告)

村田咲子

右訴訟代理人弁護士

高屋市二郎

同都大田区田園誰布四丁目八番地

被控訴人(第一審原告)

松島重信

同都葛飾区青戸町四丁目八四九番地

参加人

石見栄吾

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

佐々木熙

右当事者間の昭和二九年(レ)第六二号、昭和三四年(レ)第四一七号建物明渡請求控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

控訴人は参加人に対し、東京都中央区銀座西三丁目三番地所在木造板葺二陽建店舗一棟建坪六坪七合五勺、二階六坪七合五勺のうち階下六坪七合五勺を明渡し、かつ昭和二十七年四月二十四日から右明渡しずみに至るまで一箇月金八千円の割合による金員を支払え。

被控訴人と控訴人との間の訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分しその一を被控訴人のその余を控訴人の負担とし、参加人と控訴人との間の訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する(以上主文第一、二項同旨)。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。そして、参加代理人は、「控訴人は参加人に対し、東京都中央区銀座西三丁目三番地所在木造板葺二階建店舗一棟建坪六坪七合五勺二階六坪七合五勺(以下本件建物と略称する)のうち階下六坪七合五勺を明渡し、かつ昭和二十七年四月二十四日から右明渡しずみに至るまで一箇月金八千円の割合による金員を支払え(以上主文第三項同旨)。参加申立費用は、控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、控訴代理人は、右請求棄却の判決を求めた。

<中略>

理由

(証拠)を綜合すると、本件建物はもと中西義務次の所有であつたが、被控訴人は、右中西に対する貸金債権六十万円の代物弁済として同人からその譲渡を受け、昭和二十七年四月二日その所有権取得登記を了したこと、それより先昭和二十五年四月頃本件建物が中西義務次の所有当時、伊藤よりが右中西から本件建物階下六坪七合五勺を賃料月八千円、賃借期間三年の約で賃借していたところ、その後右賃借権は、佐竹加寿子、飯島みなとを経て昭和二十七年四月二十四日控訴人がその譲渡を受け、控訴人は、同日から本件建物階下を自己の飲食店営業のため使用していること、以上の事実が認めれらる。(中略)他に右認定を左右するほどの証拠はない。そして、被控訴人が右賃借権譲渡を承認するものであることは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、被控訴人と控訴人との間には、前記昭和二十七年四月二十四日以後賃貸借関係が存在し、控訴人は、同日以後右賃貸借に基き本件建物階下を使用しているものといわなければならない。

しかるに、控訴人が前記昭和二十七年四月二十四日以後における本件建物階下の賃料を被控訴人に支払つたことについては、控訴人において何ら主張立証しないところであつて(中略)、被控訴人は、控訴人に対し昭和二十八年二月二十七日内容証明郵便で、その到達後五日以内に昭和二十七年四月一日以降昭和二十八年二月二十八日まで一箇月金八千円の割合による賃料を支払うよう催告しその支払がないときはこれを条件として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右郵便は、昭和二十八年三月四日(原判決事実摘示において昭和二七年三月四日とあるは誤記と認める)控訴人に到達したことについては、各当事者間に争いがなく、控訴人が右郵便受領後指定された期間内に指定の賃料を支払つたことについては、何らの主張立証がない。

そこで次に控訴人の抗弁について判断する。まず控訴人主張の事実関係について検討すると、(証拠)を綜合すれば、本件建物は、東京都中央区銀座西三丁目三番の二九宅地三十九坪二合五勺同所同番の二七宅地五坪一合のうち東北部八坪四合三勺一毛上に建築され、右宅地部分をその敷地としているものであるが、右本件建物敷地は、昭和十九年三月頃その所有者田中岩治から吉村通玄が普通建物所有の目的で賃借し、その地上に建物を所有していたところ、昭和二十年五月空襲により右建物が焼失した後、中西義務次が右敷地を占有する権限がないのにその上に本件建物を建築し前記敷地を不法占有していたので、吉村通玄は、中西義務次を被告として東京地方裁判所に対し同庁昭和二十二年(ワ)第一八六七号をもつて罹災都市借地借家臨時処理法により第三者に対抗力をもち従つて物権的効力を有する借地権に基き本件建物を収去してその敷地を明渡すべきことおよび昭和二十二年四月一日以降明渡済みに至るまでの右借地権侵害による賃料相当の損害金の支払いを求める訴訟を提起したこと、しかし、中西義務次は右請求に応じないまま昭和二十五、六年頃から本件建物の階下を前記のように伊藤よりにまたその二階を志田久恵(分離前の控訴人)にそれぞれ賃貸していたところ、右訴訟は、昭和二十七年三月初め頃原告吉村通玄の全部勝訴に確定したこと、その後前記のように被控訴人が本件建物の譲渡を受けまた控訴人が本件建物階下の賃借権の譲渡を受けたのであるが、その直後昭和二十七年四月二十八日東京地方裁判所執行吏により、前記判決の執行力ある正本に基き債務者中西義務次に対する本件建物敷地明渡しの強制執行が開始されたこと、しかし、その際本件建物は控訴人および志田久恵によつて占有されており、右強制執行は、占有状態を調査した程度で債権者代理人の求めにより中止され、同年五月二日にも債務者中西義務次に対する本件建物敷地明渡しの強制執行がなされたが、控訴人らの供述により占有状態を調査した程度で債権者代理人の求めにより中止されたこと、その後吉村通玄は、同年五月東京地方裁判所に対し、前記判決につき被控訴人を被告中西義務次の承継人とする承継執行文下付を申請し、さらに翌六月同じく前記判決につき控訴人を被告中西義務次の承継人とする承継執行文下付を申請し、右控訴人に対する承継執行文は、同年六月二四日付与されて控訴人に送達され、同月二十七日東京地方裁判所執行吏によつて、控訴人に対する本件建物敷地明渡しの強制執行が開始されたこと、しかし、その際控訴人は不在で、右強制執行は、占有状態の調査および控訴人方雇人に任意明渡方催告の伝言を依頼した程度で中止されたのであるが、その翌日控訴人と吉村通玄(代理人斉藤岩次郎)との間で、「控訴人は吉村通玄に対し、保証金五十万円を預け(うち二十万円は当日支払ずみ、残金三十万円は昭和二十七年七月から金六万円宛毎月末日までに支払うこととする。)、昭和二十七年五月一日から控訴人が本件建物を退去してその敷地を明渡すまで毎月末日限り金一万円宛の土地明渡遅延損害金を支払う。吉村通玄は、前記保証金を預つている間および控訴人が前記土地明渡遅延損害金を支払つている間は、昭和二十八年三月末日まで前記強制執行をしない(猶予する。)。」などの約定内容を有する強制執行猶予の協定が成立し、その後被控訴人は控訴人に対して本件建物階下の賃料を請求したが、控訴人は、右協定を理由に右賃料支払を拒絶したこと、なお被訴人は、もちろん本件建物敷地を占有する権限はなく、本件建物取得後前記のように強制執行が開始された後も吉村通玄(代理人斉藤岩次郎)と本件建物買取方交渉をしていたが、結局右交渉は不調となり、そのうち被控訴人に対する前記承継執行文が付与され、右承継執行文付判決謄本は、同年八月二十七日被控訴人に送達されたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するほどの証拠はない。なお控訴人は、昭和二十七年五月二日頃飯島みなとに対し、同年六月二十七日頃右飯島および中西義務次に対し、それぞれ前記強制執行に関して善後措置を求めたと主張し、また前記吉村通玄と強制執行猶予の協定をした後、被控訴人に対して従来の経過を説明して適当な措置をなすことを求めたと主張するけれども、右主張については、いずれもこれを認めることのできる証拠はない。

ところで、控訴人は、前記認定のような事情である以上、賃借人たる控訴人に対し本件建物(階下)を有効かつ正当に使用収益させる義務を履行せず控訴人は本件建物階下を有効かつ正当に使用収益できる状態におかれていなかつたというべきであるから、本件建物階下の賃料を支払う義務はないか少くともその支払を拒絶しうるものであると主張する。しかし、賃貸借の目的とするところは「相手方に或物の使用および収益をなさしむること」にあり、賃貸人において賃借人が目的物を現実に支配して使用収益できる状態においた以上は、その賃貸借に基く賃貸人の義務が履行されているといわなければならないから、この場合賃借人においてその賃料支払義務をまぬかれあるいはその支払を拒絶できないことはいうまでもなく、したがつて、建物賃貸人(建物所有者)がその敷地につき対抗力ある占有権限を有しないため、建物賃借人が建物の賃借使用による建物敷地の占有をもつてその敷地の所有者または物権的効力を有する借地権者に対抗できないとしても、またさらにそのため、その賃借人が敷地の所有者または借地権より建物から退去してその敷地を明渡すべき旨の請求を受けたとしても、現実に建物を退去して建物の支配状態を失わない以上、特利の事情のない限り建物賃貸に基く賃貸人の義務履行の状態が維持されているというべきであるから、賃借人がその賃料支払義務をまぬがれ、あるいはその支払を拒絶する理由がないといわなければならない。本件において、控訴人が吉村通玄(物権的効力を有する借地権者)の請求に応じて本件建物階下を退去した事実はなく現にその使用収益を継続しているものであつて、前記認定のように、控訴人に対し本件建物敷地明渡しの強制執行が開始され、そのため控訴人が吉村通玄に保証金を預け土地明渡遅延損害金を支払うことを約して右強制執行の猶予を得たとしても、それだけでは、建物賃貸借に基く賃貸人の義務履行の状態が維持されていないものとして賃料支払義務をまぬがれあるいはその支払を拒絶しうる特別事情があるとはいえない。けだし、建物敷地明渡しの強制執行が開始されたということも、その建物を退去して敷地を明渡すことを拒否できないという点においては単に退去明渡の請求を受けた場合も同様であり、たゞ賃貸借に基く履行状態(使用収益しうる状態)が将来に継続する可能性を失いその履行状態が絶止される危険が切迫しているにとゞまり、なおその賃貸借に基く使用収益が維持されていることには変りはないし、また保証金等を支払うことを約して建物敷地明渡しの強制執行の猶予を得たということも、右賃貸借に基く使用収益が絶止される危険が除去された一つの事情たるに止り、その故に賃貸借に基き完全に使用、収益していることが否定されるものではないからである。もつとも、賃貸人たる被控訴人において本件建物敷地を占有する権限を有しないため、賃借人たる控訴人がその賃貸借に基く本件建物敷地の占有をもつて吉村通玄に対抗できない結果、控訴人において本件建物階下を使用、占有することが、同時に吉村通玄に対する関係において同人の本件建物敷地に対する使用収益を妨害する不法行為となり、同人に対してその損害を賠償すべき債務を負担するとすれば、本件建物賃借に基く履行状態(使用収益)そのものが完全に維持されていないものとして、控訴人は、右損害賠償債務につき免責を得ない限り右賠償債務額の範囲において、被控訴人に対し賃料の全部または一部の支払を拒むことができるということが考えられる(大審一七、一、一五民一判、民集二一、一一、大阪地、大六、九、一八、民一判、新聞一三三三、二三参照)ので、この点について判断する。しかし、他人が物権的効力ある借地権を有している土地に無権限で建物を所有する者から建物を賃借して占有使用する者がある場合において、右建物賃借人が建物を使用占有することによりその使用占有に必要な範囲内でその建物敷地を占有(不法占有)していると認められるとしても、それだけでは、右建物賃借人は右借地権者に対し、同人がその敷地を使用、収益できないことによる損害の賠償責任を負担するものではない(最高昭三一、一〇、二三、三小法廷判、民集一〇、一〇、一二七五参照)。けだし、建物賃借人の建物の使用、占有およびこれに伴うその敷地の占有は建物の存在およびこれに伴う敷地占有を前提とするものであつて、すでに建物の存在(建物所有者の建物所有)に伴う敷地占有により借地権者においてその敷地の使用収益ができず、これを原因として建物所有者に対し、その損害賠償債権を有する以上、借地権者は、建物賃借人の建物の使用占有およびこれに伴うその敷地の占有により格別その建物敷地を使用収益できないことによる損害を蒙るものではないからである。もちろん、建物所有者がその建物を収去してその敷地の明渡しをしようとする場合において建物賃借人が故意に建物から退去せず、その使用占有を継続して建物所有者の右建物収去敷地明渡しを妨害するなど特別の事情がある場合には、建物賃借人は、借地権者に対しこれを理由として損害賠償債務を負担しなければならないけれども(前記最高昭和三一、一〇、二三、三小法廷判参照)、元来右のような場合に建物賃借人が借地権者に対し損害賠償債務を負担しなければならないのは、建物所有者が建物所有による敷地の占有を継続することおよびこれに伴う借地権者の使用収益の妨害が、もつぱら建物賃借人の責に帰すべき前記のような所為に起因し右両者の間に因果関係があると認められるからであり(したがつて、建物賃借人の前記のような所為がなければ建物所有による敷地占有の継続およびこれに伴う敷地の使用収益の妨害が継続されないであろうと認められる客観的事情が必要であつて、建物所有者においてすでに建物を収去、敷地明渡しをしようとしないような場合には、建物賃借人の建物から退去しない等の所為があると否とにかゝわらず当然建物所有者の建物所有による敷地占有が継続されるから、建物賃借人において前記のような所為があつたとしても、建物所有による敷地占有と因果関係はなく、建物賃借人において損害賠償債務を負担すべき特別事情があるとはいえないと考えられる。この点につき、大審大正一三、一一、一七、民二判新聞二三三八、一五参照)、単に建物賃借入が建物を使用、占有することによりその敷地を不法に占有しているためではない(建物賃借人が建物を使用、占有しているということは、建物所有者の建物収去、敷地明渡しを妨害し建物所有による敷地占有の継続を余儀なくさせる建物賃借人の所為の一態様として考えられるに過ぎない。また建物所有による敷地占有の継続ないしその敷地の使用収益の妨害と因果関係ある建物賃借人の所為は、その建物の使用、占有には限られない。)、すなわち建物賃借人の建物の使用、占有そのものは直接関係がないから、建物賃借人は、右のような損害賠償債務を負担することを理由として、建物賃貸人に対し賃料支払いを拒むことはできないというべきである。ところで、本件についてみると、建物賃借人たる控訴人が借地権者たる吉村通玄に対し前述のような損害賠償債務を負担すべき特別事情を認めることのできる証拠はない(東京地裁昭和二十二年(ワ)第一八六七号事件判決につき被控訴人を同事件の被告中西義務次の承継人とする承継執行文が付与された後においても控訴人が本件建物階下の使用占有を継続したことは、さきに認定したところによつてあきらかであるが、それだけでは、控訴人が吉村通玄に対し損害賠償債務を負担すべき特別事情があるとはいえないことはいうまでもない。被控訴人において本件建物収去、敷地明渡しをする意思で控訴人に退去を求めるなど建物収去、敷地明渡しをしようとした形跡もない。)から、控訴人は、本件建物階下を使用、占有することにより本件建物敷地を不法に占有しているとしても、そのために吉村通玄に対して損害賠償債務を負担するものとは認められない。しかるに、前記昭和二十二年第一八六七号事件判決につき控訴人に対しても同人を同事件被告中西義務次の承継人とする承継執行文が付与され、そして、控訴人が吉村通玄より右承継執行文付判決正本に基く本件建物敷地明渡しの強制執行を受けたので吉村通玄と交渉の結果右強制執行の猶予を得た際、土地明渡遅延損害金として毎月一万円宛吉村通玄に支払うことを約したことはさきに認定したとおりである。しかし、元来控訴人において吉村通玄に対し右のような損害賠償債務を負担すべき理由はなく、かりに右損害賠償債務を負担すべきものとしても、これを理由に賃貸人たる被控訴人に対し賃料支払を拒むことができないことは前述のとおりであつて、しかも、被控訴人において控訴人が右のような損害賠償債務を負担するに至つた事情につき直接関係がない以上、控訴人は右事情を被控訴人に転嫁して同人に対し賃料支払を拒み得ないことはいうまでもない。したがつて、この点に関する控訴人の抗弁は理由がない。

次に控訴人は、前記強制執行の猶予を得た際の約定に基く出捐は、控訴人が建物の占有を失わない約定をしている限り本件建物の収去が実現しないという意味で、被控訴人の利益となつているものであり、現に被控訴人は参加人に本件建物を譲渡することにより中西義務次に対する債権を回収することができ、また本件建物を控訴人に継続して賃貸することができたのであるから、右出捐は、賃貸家屋の修繕費、改良費を返還する義務を認めた法律または条理からみて、被控訴人の不当利得として控訴人に返還されるべきであると主張する。しかし、右控訴人の主張は次の理由により失当である。すなわち、控訴人主張の出捐が被控訴人の利得または受益そのものではないことはその主張自体から明らかであるから、これを直に不当利得として返還を請求しうる理由がない。また、かりに主張のような出捐を伴う強制執行猶予の協定をしている間本件建物の収去が実現しないとしても、被控訴人の右建物収去義務に消長はない(かえつて、その敷地不法占拠者として損害賠償義務をまぬがれないし、右建物収去義務を免責させたという格別の主張立証はない)から、前記出捐は被控訴人に何ら財産の積極的増加をもたらすものでないことはもちろん、その消極的増加すなわち財産の減少を免れさせるものでなく、したがつて被控訴人において不当利得における利得(受益)があつたとはいえない。さらに、本件建物収去が延期されている間被控訴人において本件建物を譲渡することができ、また控訴人に賃貸することができそのため利得があつたとしても、右利得は前記出捐額と異るのみならず、控訴人の主張によれば、強制執行の猶予を得るためにした前記出捐が単にそのような利益をもたらしたというに過ぎず、控訴人において右被控訴人の右利得と因果関係ある損失を受けた事実につき格別の主張も証拠もない(かえつて、前記出捐により控訴人自らは、同人に対する強制執行の猶予を得て本件建物の使用収益を継続できたものと認められる)し、このような場合被控訴人が前記利得を保留することを不当とすべき法律上または条理上の根拠はない。また、控訴人の主張によれば、強制執行の猶予を得るためにした前記出捐が被控訴人の利益にもなつているというに過ぎず、右出捐が控訴人において被控訴人所有の本件建物を維持、保存あるいは改良(価値を増加させる)ためにしたものであることについては格別の主張も証拠もなく、また前記出捐は本件建物にとつて必要あるいは有益な費用ともいえないから、いわゆる修繕費ないし必要費あるいは改良費ないし有益費として右出捐の返還を請求しうる理由がない。そこで、控訴人の右主張を前提とする抗弁は、その他の点を判断するまでもなく失当である。

右のとおり控訴人の抗弁が理由ない以上、控訴人と被控訴人間の本件建物階下の賃貸借は、昭和二十八年三月九日の経過とともに適法に解除されたものというべきである。すると、被控訴人は、本件建物所有者または賃貸人として、控訴人に対し直ちに本件建物階下の明渡しを求める権利を有することはいうまでもなく、控訴人がその後依然本件建物階下の明渡しをせずその使用、占有を継続していることは、被控訴人の所有権を侵害する不法行為であるとともに賃貸借終了に基く賃借物返還義務不履行であつて、他に格別の反証も認められない以上、それは故意または過失によるものであり、かつ被控訴人に対し本件建物階下の賃料に相当する損害を与えているといわなければならないから、被控訴人は、本件建物の所有者または賃貸人として控訴人に対し、その所有権を他に譲渡するなどにより本件建物の使用収益をなしうる地位を喪失しない限り、昭和二十八年三月十日以降本件建物階下の明渡しずみに至るまでその約定料と同額(月額金八千円)の割合による損害金の賠償を求める権利がある(被控訴人の本訴請求中、本件建物階下の明渡し請求が所有権に基くものか賃貸借に基くものか、また、明渡しまでの損害金の支払いを求める請求が所有権侵害に基くものか賃貸借契約上の返還義務不履行に基くものか、以上いずれもその請求原因において明示されていないけれども、右請求原因中にはそのいずれにも該当する事実が主張されているから、それぞれ両請求が選択的に併合されているものと解する。)。なお、被控訴人が賃貸人として控訴人に対し、昭和二十七年四月二十四日以降昭和二十八年三月九日までの月八千円の割合による未払賃料を請求しうることはもちろんである。しかるに、(証拠)によると、被控訴人は昭和三十四年四月中旬頃参加人に対し、本件建物および本件建物に関して生じた控訴人に対する金銭債権全部したがつて被控訴人が控訴人に対して有する昭和二十七年四月二十四日以降それまでの一箇月金八千円の割合による前記賃料請求権および損害金請求権(所有権侵害および債務不履行による)を代金七十万円で譲渡し(したがつて、本訴の目的たる本件建物階下の所有権に基く明渡請求権も参加人に移転されたものといわなければならない)、右賃料および損害金債権の譲渡については、控訴人に対し昭和三十五年六月二十日到達の内容証明郵便で右譲渡の事実を通知したこと、なお、参加人は昭和三十四年四月二十日右所有権取得登記を受け、その頃前記譲受代金七十万円の支払を了したこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するほどの証拠はない。そして、本件において、参加人は、被控訴人が参加人の主張、請求を争わないものとして控訴人のみを相手方とする本件参加申立をしていること、被控訴人は、事実上被控訴人の本訴請求を否定する内容の本件参加申立があつたことを了知しているにもかゝわらず、口頭弁論期日において書面または口頭で参加人の主張請求を争う態度もみせないこと、参加人申請による被控訴人本人尋問において、被控訴人は、本件建物所有権、賃料および損害金債権の譲渡に関する参加人の請求原因事実をすべて認めたうえ、右譲渡は本訴から手を引きたいためにしたもので、参加人が参加請求をする以上本訴を維持、遂行する意思なきことを表明していること、なお被控訴人は、その後の口頭弁論期日に適法な呼出を受けながら全然出頭しないこと、以上のような弁論の全趣旨によると(被控訴人本人尋問の結果も弁論の全趣旨に包含されるものであることについては、大審昭和一一、一〇、六判民集一五、一七八九、参照、本件において右被控訴人本人尋問の結果を弁論の全趣旨となすべからざる特別事情は認められない)、被控訴人は、参加人に対して前記のように本件建物の所有権(したがつてその階下明渡請求権)および前記賃料ならびに損害金請求権を譲渡したことを自認し(控訴人に対し)、参加人の主張、請求を全部認めて争わないものである(参加人に対し)といわなければならない。もつとも、被控訴人は所有権に基く本件建物階下の明渡し請求、前記賃料ならびに損害金請求を依然維持しているけれども、それは単に右請求を事実上放置しているにとどまり前記譲渡を否定し参加人の主張請求を争う趣旨でないことは、前記弁論の全趣旨によつてあきらかである。

そうすると被控訴人に対する本件建物階下の有有権に基く明渡請求、昭和二十七年四月二日以降明渡ずみまで一箇月金八千円の割合による賃料請求および損害金請求(所有権侵害および債務不履行による)はいずれも失当として棄却を免れないが、参加人の控訴人に対する本件建物階下の所有権に基く明渡請求、前記譲受にかゝる昭和二十七年四月二十四日以降一箇月金八千円の割合による賃料および損害金請求は正当として認容すべきであり、また控訴人は参加人が本件建物を取得してその登記を経た以後もなお本件建物階下を占有していることにより、反証のない限り参加人の本件建物に対する所有権を故意または過失により侵害し、よつて参加人に対しその約定賃料額である一箇月八千円の割合による損害を与えているといわなければならないから、参加人の控訴人に対して右損害金の支払いを求める請求も正当として認容すべきである。なお、被控訴人が本件建物を参加人に譲渡しその所有権を喪失したとしても、なお賃貸人として控訴人に対し、賃貸借終了に基き本件建物階下の明渡請求権を有することはいうまでもなく、そうして一般的にいえばかゝる場合においても右権利を行使して控訴人に対し明渡しを求める必要がないとはいえないけれども、本件のように、被控訴人が本件建物階下の明渡しを受けても参加人より更にその明渡し請求を受けた場合に現在なおこれを拒絶することのできる特別事情も認められず、そして、参加人が直接控訴人に対しその明渡しを求めうる立場にあつて現にその権利を行使して参加請求をしそれが訴訟上認容される以上、被控訴人が控訴人に対しなお右明渡しを求めることは何らの実益もないものとして排斥せられるべきものと解する(東京高等昭和二九、二、一八判決下民集五巻二号一八七頁参照)。これを要するに、被控訴人の本訴請求は全部失当として棄却すべきであり、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は不当(当時の訴訟の段階では相当であつたが)であるから取消すべきであるが、参加人の請求は、全部正当としてこれを認容すべきである。

そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八九条、第九〇条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。

なお、参加人の仮執行宣言の申立については、右仮執行宣言を付することは適当でないと認めるので、これを却下する。

東京地方裁判所民事第一〇部

裁判長裁判官 田 中 宗 雄

裁判官 篠 原 幾 馬

裁判官中田秀慧転任につき署名することができない。

裁判長裁判官 田 中 宗 雄

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